ヤマト インターナショナル 東京本社ビル
オフィスビルという枠を超えてファッション文化を発信する、比類なき建築様式
盤若康次社長(当時)は、つねづね「居は人をつくる」と言っていました。次代への布石として東京支店を新築移転するにあたり、その設計を信頼する建築家の原広司氏に依頼しました。「これからの時代に役立つ居=館を造ってほしい」旨を伝えた以外、すべてを原氏に一任しました。
敷地選定も、原氏と社内の『建設委員会』との共同で進められ、その結果、選ばれたのが平和島でした。
こうして誕生した新社屋は、オフィス・物流機能を兼備した一大拠点となりました。それはまた、オフィスビルという枠を超えて文化とファッション、自然とコミュニティーが共存する、比類なき建築様式の誕生でもありました。
ヤマト インターナショナル東京本社ビル:原広司の建築理論の結晶
1987年に完成したヤマト インターナショナル東京本社ビルは、建築家・原広司の「有孔体理論」から発展した「境界面」概念と「多層構造」理論*¹を具現化した作品であると言えます。1982年に東京大学生産技術研究所の教授に就任した原広司は、世界40カ所以上の集落を調査・分析し、その成果を建築理論として結実させました。東京の平和島公園に隣接するこの建物は、南北約140メートル、高さ約40メートルの9階建て構造で、異なる幾何学形態が層状に重なり合う特徴的な立面デザインを持っています。
注1)近代建築の原則である機能主義を乗り越え、新しい建築を目指した原広司の思想。有孔体理論とは、閉じた空間に内部の必要に応じて孔=窓や出入り口などを開け、光・風・人を導くことで空間の形が決まるという建築の考え方。そこから発展し、様々な要素を重ね合わせてできる「多層構造」により、物事の境界を曖昧にすることで、機能主義では表せない「空間の時間的変化」を建築に取り入れた。

* ➀ 外観西面:本社ビルは平和島公園に隣接し、異なる幾何学形態が層状に重なり合う特徴的な立面デザインを持っています。



*② 避難階段と建物を結ぶブリッジ、③ 7F南側バルコニー天井、④ 4F南西側テラス/窓ガラスに映り込んだあずまやの雲形屋根:近くで見ると、異なる幾何学形態がそれぞれ個性を持っています。
建築コンセプトと理論
原広司はこの建築コンセプトの原型としてギリシャのサントリーニ島*²を挙げていますが、単なる複製ではなく、集落の持つ多様な要素の集合体としての特性を現代建築に取り入れようとしました。季節や天候、時間によって異なる表情を見せる集落のように、建築も呼吸し、変化するものであるべきだという哲学が息づいています。
立面は12層の異なる表層形状で構成され、都市の一部として周囲の環境と調和するように設計されています。アルミニウムパネルの外装は太陽の光を反射し、夕日では温かな橙色に染まり、曇天では静かな灰色、晴天では爽やかな青色に姿を変え、豊かな表情の変化を見せてくれます。
注2)ギリシャのエーゲ海に浮かぶ火山島で、美しい景色と独特の文化で知られる。特に、断崖に立ち並ぶ白壁の家々や青いドーム屋根の教会が特徴的で、世界中から多くの観光客が訪れる。


*⑤ 12の表層による集落のオーバーレイ(重ね合わせ)⑥ 4Fプラットフォーム:ギリシャのサントリーニ島が建築コンセプトの原型である。
建築の体験
建物内部に足を踏み入れると、その空間構成に心が震えます。理論と実践が見事に融合した空間では、拡大と縮小を繰り返す間取り、異なる機能に応じた建築型態言語*³による繊細な区画が訪問者を迎えます。壁や床、手すり、窓、天井……様々な素材が織りなす対話は、まるで空間そのものが語りかけてくるかのようです。
注3)建築物を構成する要素(素材、ディテール、寸法など)や、それらの要素間の関係性を指し、建築作品を理解するための共通の基盤となるもの。建築家の意図やコンセプトを表現する。

*⑦ 6F吹き抜け天井とオフィスフロア:拡大と縮小を繰り返す間取り、異なる機能に応じた繊細な区画。

*⑧ 6Fエレベーターホール前:様々な素材が対話を織りなす空間。



*⑨ 6Fオフィススペース、⑩ 2Fエントランスホールのアートスペース、⑪ 5Fオフィスフロア入口:「丸柱」という建築型態言語を用いることで、異なる空間領域を生み出す。
1階の前庭は「建築の中の都市」として周辺環境と連結し、公園の拡張として機能しています。木による日陰は緑の延長となり、前庭にある水盤は光を反射し、コンクリート天井に映り込み、ゆらゆらとします。外壁は1階から3階は建築の基壇部で石やタイルの素材が使用され、4階から上はアルミニウムパネル壁による自由な構造体と「第二の地面」のコンセプトが展開されています。


*⑫ 1Fパティオ(中庭):1階の中庭は「建築の中の都市」。水盤は光を反射しています。
*⑬ 1Fパティオ(中庭):建築の基壇部で石やタイルの素材を使用、上はアルミニウムパネル壁による「第二の地面」。
室内、各所に配された窓ガラスは、外光を取り込むだけでなく、サンドブラスト*⁴という手法による様々な図柄で自然と対話し、「自然の無限の変化を映し出す鏡」との内部空間に豊かな表情をもたらしています。
注4)ガラス表面に砂を吹き付けて模様や質感を作る加工方法。



*⑭ 6Fエレベーターホール、⑮ 窓枠によって切り取られた風景とガラスに施されたエッチング模様、⑯ 7F食堂の窓ガラスに施されたエッチング模様:場所によって様々な図柄で外部の自然と対話し、内部の空間にも豊かな表情をもたらしています。
企業文化との融合
盤若康次社長(当時)は、原広司に「現在から未来にわたって有用な建築物」を託しました。敷地選定の段階から参画した原広司は、東京湾の将来性と隣接する公園が建築物の独立性を確保できるこの場所を選びました。
この建築は単なるオフィスビルの概念を超え、企業文化と建築文化を体現しています。盤若康次社長の「ただ単に実用的なものだけを提供していたのでは、ファッション企業としての役割を果たせない。つまり、自ら遊び心というか、文化を理解していないとファッションを発信することができないので、まずそういう空間の中にいるべきだ」という言葉通り、機能性だけでなく、建築自体がファッションカルチャーを表現しています。


*⑰ 4Fプラットフォームからブリッジを望む、⑱ 7Fカンファレンスルーム前:単なるオフィスビルの概念を超え、企業文化と建築文化を体現。


*⑲ 7Fカンファレンスルームからの眺望 窓枠によって切り取られた風景とガラスに施されたエッチング模様、⑳ 7Fレセプションルーム(旧社長室)内部:オフィスや会議室でも、大胆な素材や異なる幾何学形態を取り入れることで、空間自体がファッションカルチャーを表現。
自然との対話
雲母のような層状構造、結晶体のような造形で、透明感と光の反射が織りなす建築を生み出しました。雲や霞、霧といった自然現象の不定形さや変化する特性を建築に取り入れ、窓のサンドブラストは外の景色に呼応して異なる表情を見せる「自然の様相」の詩的表現となっています。
ヤマト インターナショナル東京本社ビルは、時を超えて、訪れる人々の感性に静かに語りかけています。建物内を歩き、その空間に触れる体験は、原広司の建築哲学が結実した瞬間との対話であり、建築と理論が一体となった感動を与えてくれるのです。

*㉑ 12の表層による集落のオーバーレイ:雲母のような層状構造、結晶体のような造形で、透明感と光の反射が織りなす建築を生み出す。


*㉒ 1F正面玄関入口、㉓ 4Fプラットフォーム

※ 建物図をクリックすると、掲載写真の撮影場所が表示されます
Text・Photography/ Yun-Chen Lee
————Interview date/2025.04.12
■建築概要
建築名称:ヤマト インターナショナル株式会社東京本社ビル
設計:原広司+アトリエ・ファイ建築研究所、階数:地上9階、塔屋1階、竣工:1987年1月
主な受賞:第29回建築業協会賞(BCS賞)(1988)、第1回村野藤吾賞(1988)、Architecture Design Award 1987(英国)(1987)、 DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築290選(2024)
■原 広司(はら ひろし 1936 – 2025)
神奈川県生まれ。建築家、東京大学工学部建築学科卒。同大学名誉教授。
主な作品:慶松幼稚園(1968)、粟津邸(1972)、ニラム邸(1978)、田崎美術館(1986)、飯田市美術館(1988)、梅田スカイビル(1993)、JR京都駅ビル(1997)、宮城県図書館(1998)、札幌ドーム(2001)
主な著書:『建築に何が可能か』(学芸書林)、『空間〈機能から様相へ〉』(岩波書店)、『集落への旅』(岩波書店)、『集落の教え100』(彰国社)など